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インタビュー
就職できた人から学ぶべし!!

2020.06.30 update

サンチェス ハビエルさんの写真

仕事に取り組む姿勢は「何のためにやる仕事かという経営者視点を忘れないこと」「感情的にならないこと」。国費留学生として来日し、日本企業の海外展開に貢献。

メキシコの国旗

サンチェス ハビエル さん

メキシコ出身 │ 43歳 │ 男性 │ 在日23年目

前職 ブランディング

内定企業 マーケティング

好きな日本語 「がんばる」

国費留学生として来日し、マーケティングを主軸に日本でキャリアを積み、日本企業の海外進出に貢献してきたハビエルさん。ハビエルさんに、これまでのキャリアと仕事で心掛けていることをお聞きしました。


【経歴】
・1996年5月(メキシコ) 高校卒業
・1996年8月(メキシコ)ITESM-CCM 経営学部入学
・1997年4月(日本)大阪外国語大学 別科
・1998年4月(日本)埼玉大学 経済学部 経営学科入学
・2002年3月(日本)埼玉大学 経済学部 経営学科卒業
・2002年4月(日本)筑波大学 大学院 経営・政策科学専攻 MBAコース入学
・2004年3月(日本)筑波大学 大学院 経営・政策科学専攻 MBAコース卒業
・2020年4月(日本)メーカーでマーケティング、ブランディング、海外営業、現地法人立ち上げなどを経験、マーケティング・国際ビジネススペシャリストとして活躍

仕事に取り組む姿勢は「何のためにやる仕事かという経営者視点を忘れないこと」「感情的にならないこと」。国費留学生として来日し、日本企業の海外展開に貢献。

来日したきっかけ、日本での留学生活について教えてください。

私は、アメリカ生まれのメキシコ人です。両親の仕事の関係で、アメリカとメキシコを行き来しており、アメリカで生まれたあと、メキシコに戻りましたが、ふたたびアメリカに渡り、小学校・中学校・高校までアメリカで過ごしました。その後、またメキシコに戻り大学に進学をしました。

母が、日本が大好きで、私が生まれる前に3~4回、日本を訪れたことがあったそうです。日本の芸術の中でも特に日本画がすきで、メキシコの自宅は、母の趣味で日本家屋のような内装で日本の絵が飾られ、日本に関する本もたくさんありましたので、生まれたときから日本は身近な存在でした。

そんな母の影響もあり、「日本に留学をしたい」と考えるようになりました。日本に留学をすることになったきっかけは、私の親戚が「ピースボート」に参加したことです。ピースボートとは、船で世界を回り、世界が抱える様々な問題を現地の人たちと共に考えるというプログラムですが、そこで、私の親戚が日本大使館の人と出会い、文部科学省の奨学金制度を教えてもらったことで、日本留学への道が開けました。


親戚から奨学金の話をきいてから、さっそく日本の文部科学省の奨学金で日本へ留学をすべく「国費留学生」を目指すわけなのですが、この奨学金はそれぞれ国ごとに留学生を受け入れる人数枠が決まっており、例えば、当時はオーストラリアであれば8名枠、ブラジルであれば10名などの枠が決まっていました。しかし、メキシコはなんと「1名」しか日本の国費留学生として受け入れてもらえる枠がありませんでした。

まずは書類選考通過、この時点で71名のライバルがいました。書類選考通過後は、「3つのテスト」を受けます。1つ目は英語力を測るテスト、2つ目が数学のテスト、3つ目が日本の歴史と世界の歴史に関するテストです。この3つのテストで候補者が8名に絞られました。そして「1次面接」で3名になり、「2次面接」で2名に絞られました。面接で聞かれたことは「あなたはどんな人ですか?」「どうして日本に行きたいですか?」「どんなことに興味がありますか?」などの質問だったと思います。私は、日本の「トヨタ生産方式」を学びたいと思っていましたので、そのことをアピールしました。最終選考は、日本の文部科学省で、2次面接を通過した2名の書類が文部科学省に送られ、結果的に私が国費留学生として選ばれました。

当時、世界各地からあつまった国費留学生は私を含めて140名でした。そのうち70名は大阪外語大学へ、70名が東京外語大学へ行き、日本語を1年間学びます。来日をした時期が3月の下旬でしたので、空港から出たときに「寒い」と思ったのを覚えています。タクシーに乗り大学まで移動、街がモダンで綺麗だと思いました。国費留学生は1年間、留学生寮に入れてもらえるのですが、一緒に過ごした国費留学生仲間との絆は強く、いまでも連絡を取り合う仲ですし、一緒にビジネスを立ち上げた仲間もいます。

日本語を1年間、勉強をしたあとは、国費留学生は東京大学や京都大学、一ツ橋大学など、それぞれ進学をする大学の希望を出します。私は「トヨタ生産方式」を学びたいという強い気持ちがありましたので、「トヨタ生産方式」をはじめとする経営システムが学べる埼玉大学に進学することにしました。論文のテーマは「トヨタ方式と国際的な応用」でした。

筑波大学に進学後は、「トヨタ生産方式」で有名な門田安弘先生に教えを請いたいと思い、奨学金を延長させてもらい、筑波大学の大学院に進学をしました。筑波大学は田舎にある学校でしたので、中古の日産のスカイラインGTS-tを購入し、車で通勤をしました。車の免許は、運転テストを2回うけてメキシコの免許から切り替えました。

大学院のときに、すでにメキシコの日系企業から内定をもらっていたので、卒業後はメキシコに帰国するつもりでいましたが、日本での生活が気に入り、このまま日本に住みたいと思うようになりました。そこで、大学の掲示板で知った就職フェアに参加したところ、歴史ある部品メーカーと縁があり、就職をすることになりました。

日本で就職をしてからのことを教えてください。

留学で来日したときはカルチャーショックというものががありませんでしたが、就職をしてから、はじめてカルチャーショックというものを体験しました。

例えば、日本の文化でもある「集団行動」「上下関係」というものです。小さい頃から日本の学校に行っていたり、大学でサークル活動の経験があれば、驚かなかったかもしれませんが、これはカルチャーショックでした。いまから、20年ぐらい前の話なので、上下関係はいまよりも厳しい時代ではありますが、新卒ではじめて入社した会社で、上司から仕事の指示を受けたときに「どうして?」と質問をしたのですが、それに対して上司から怒られました。

上司の指示は「従う」ものであって「なぜやるのか?」「なぜ、それをやる必要があるのか?」と上司に聞く(意見をする)日本人はいませんでした。上司から怒られた理由は「自分で考えろ」という意味でもありましたが、当時の私は「経験がないものはわからない」「背景がわからないとその仕事の意味がわからない」と思っていたので、純粋に疑問を解決したくて質問をしただけでした。

また、日本人は仕事が完璧で「まぁいいか」という妥協はしません。言われなくても仕事をするし、プライドをもって仕事に取り組みます。仕事が自分の体の一部で、仕事の失敗は自分の失敗で、仕事が人生そのものになっているなと感じました。


部品メーカーでは、 ASEANと中東地域の海外マーケティング・海外営業を担当しました。 海外客先を訪問した上、それぞれの顧客ニーズを考慮したマーケティング・セールス戦略を立案し、最適製品の提供を実現しました。マネージャーにも昇格しました。

その後、国費留学仲間の友人と、会社を立ち上げ独立をしました。事業内容は、マーケティング・セールスコンサルティングを中心としたサービスで、顧客は大手商社や製薬会社など多国籍な企業が中心でした。ただ、一緒にたちあげた友人が事業継続が難しくなってしまい、やむなく会社をたたむことになりました。

その後は、アメリカ系のケーブルテレビ会社でのマーケティング、ヨーロッパ系の部品メーカーの日本法人立ち上げ、日本の老舗消費財メーカーでのマーケティング・海外営業、日本の部品メーカーのメキシコ法人立ち上げ、商品企画、ブランディングなど様々な経験をしました。

マーケティングや海外営業という職種の性質上、部署自体がなくなってしまったり、会社の都合で部署機能を海外拠点に移転をしたりということが多く、日本人のキャリアのように、1社で何十年働くという経験はしていませんが、一貫してマーケティングと海外営業というところで、キャリアを積んできました。

マーケティングでは、プロダクトチームと共に発売戦略を立案と実施、 自社商品のセールスを分析し、トップマネジメントへの報告、予算プラン作成と調整などをします。イベントや展示会のプランを立て実施をしたり、コミュニケーションツール(カタログ・マニュアル等)企画したりします。また、近年はデジタルマーケティングにかかわることも多く、WebsiteやSNSにおけるデジタルマーケティングの戦略立案・実施もします。海外営業では、ビジネスパートナーになる代理店や小売店を選定したり、顧客に直接訪問し、ニーズをヒアリングしそれぞれの顧客に応じたマーケティング・セールス戦略を企画、最適な製品を提供するなどをします。

サンチェス ハビエルさんのインタビュー写真1

企業に評価をされマネジメントも経験されていますが、仕事をしているうえで、意識していることはありますか?

マーケティングとは「会社と人をつなぐ仕事」だと思っています。会社が人や社会にどう貢献していきたいかを表現をする仕事であり、お客様自身が気が付いていないニーズを気づかせてあげる仕事でもあります。難しい仕事ではありますが、とてもチャレンジングな仕事です。

仕事では「これは何のためにやる仕事なのか?」を考え、経営者視点をわすれないように心がけています。チームマネジメントにおいても「これは何のためにやるのか」をしっかり伝え、仕事のゴール・KPIを明確にするようにしています。チームで取り組む仕事の1つ1つはパズルのピースのようなものなので、仕事の意味をしっかり説明し、情報は自分から発信し、常にオープンにするようにしています。そして、部下には「何をして欲しいか」「将来はどんな役割を担ってほしいのか」を伝えるようにしています。

あとは「感情的にならない」ということも心掛けています。過去に、大きな声を出して怒ったり感情的になったりする上司がいたことがあり、その上司が反面教師になりました。感情的に怒っても良いことはありませんし、怒ったところで仕事の成果に大した効果はありません。なによりもダサいし、感情を出すことはプロフェッショナルではないと思います。だから、感情的にならず、数字・ファクトをもとに論理的に相手と話し合い相談する姿勢を意識しています。

このようなチームづくりを心掛けていると、部下から新しいアイディアを出してくれたり、問題が発生したらすぐに報告をしてもらえるようになります。

これから転職を目指す方に、面接対策やキャリアアップについてアドバイスをお願いします。

面接対策ですが、転職を希望する会社のことは、くまなく調べます。ホームページ・新聞・インターネットでのニュース、その会社に知り合いがいる人など、あらゆる手段をつかって、会社の数字や文化を知り、その会社にとって必要とされている人物像を予測します。

私の場合は、海外マーケティングのポジションに応募することが多かったので、面接で想定される質問居ついては、英語と日本語、両方で回答できるように準備をしました。

キャリアアップに関しては、私の母国のメキシコでは「良い鶏はどこでも鳴く」ということわざがあります。自分自身のスキルをしっかり磨いていけば、どこへいっても活躍・キャリアアップができるでしょう。

スキルを磨くためにも、まずは「自分は何をやっていて楽しいと感じるのか」「自分は何が上手くできるのか」を認識する必要があります。それには、まずは「やってみること」ですね。しばらくやってみて上手くできそうか振り返ってみたり、周囲からフィードバックをもらったりしながら見極める必要があります。「これだ」というものがみつかれば後は、前進あるのみです。

サンチェス ハビエルさんのインタビュー写真2

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